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秦の滅亡
 秦の始皇帝は中国を統一した後、集権統治を強化するため、法家の人間である李斯を丞相(首相のようなもの)にして、法治主義に基づく政治を行った。また、それまでは各地に有力者に土地を与え、諸侯として政治を行わせるのが一般的であったが、役人を中央から派遣して政治を行わせる「郡県制」を採用した。こうして全国が郡と、その下に置かれた県によって分けられた。

 国防を強化、軍事の面では、特に北方の遊牧騎馬民族の対策として「万里の長城」を建設した。これは、すでに魏や趙など各諸侯が部分部分で建設してあったものを将軍?蒙恬がつなぎ合わさせ、遼東半島から中国西部まで5000キロメートルの距離を結び、一つの長城にしたものである。しかし、長い戦争がやっと終わり、平和的な生活を過ごしたい人々にとっては、万里の長城を作るための強化労働はとても堪らなかった。

 なお、思想文化分野で高圧政策を実行した。中央集権主義的な始皇帝の政治を批判した儒家に対して、徹底的な弾圧を行った。前213年、全国で医薬書や農書などの実用書以外の書物、秦の歴史以外の史書、また秦の文字以外で書かれた文書を焼き払うように命じ、儒者を穴に埋めて殺すという「焚書?坑儒」を行った。

 始皇帝が死ぬことを恐れ、年をとるにつれ怪しげな不老不死の思想に染まっていった。前212年、彼は不老不死の薬を求め、学者たちに資金を出したことが多くあった。その外、彼は、たとえ朕が死んでも、地獄にいても、皇帝をしてほしいと思っていた。そして、彼は驪山(今西安の郊外)の麓に皇陵を作ることを命じた。それは人力と財力とを無駄にすることである。

 こうした行為が人々の怒りを引き起こし、秦王朝滅亡を加速した
図は始皇帝皇陵の兵馬俑

 
 
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